寺社仏閣案内

寺社仏閣

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名称 天性寺
概要

天性寺天性寺

 創建は、正治元(1199)年、那須光資が那須与一の供養ために毘沙門山南西の福泉坊に曹源院を作ったのが始まりとされています。
 応永25(1418)年、那須資重が曹源院を拡張し寺名を南台山曹源院天照寺と改め、明応9(1500)年に曹洞宗に改めたます。
 天文20(1551)年、那須高資が千本資俊に欺かれ討たれ、弘治元(1555)年に 高資の法号である天性慈舜をもって「天性寺」と改称しました。
 その後、織田信雄の位牌所として寄進を受けることとなりました。
延宝3(1675)年、烏山城の拡張により現在地に移転しました。

また、春には敷地内の桜が見事に咲き、市内の桜の名所にもなっております。

所在地 那須烏山市南1-4-25
連絡先 0287-82-3156
駐車場 あり
御朱印 あり
備考 御朱印 要確認
運勢 仕事運
地区 烏山地区
16
名称 善念寺
概要

善念寺

 文禄2(1593)年の創建以来、当地方にその法灯を護持してきた古希。
 開基の良信住関上人は佐竹氏の出で、玉造伊勢の守の三男として生まれ、後に名超派大沢円通寺良定袋中上人に指南を受けた。

所在地 那須烏山市金井1-5-11
連絡先 0287-82-2515
駐車場
御朱印 あり
備考 御朱印 300円
運勢
地区 烏山地区
15
名称 泉溪寺
概要

泉溪寺泉溪寺

 創建は、延文5(1360)年、当時の福原城主 那須資世が開基となり、源翁禅師を招いて開山したのが始まりと伝えられています。
 
 元中2(1385)年、源翁禅師は、那須野ヶ原の殺傷石が悪さをし周辺住民に対して大きな被害を与えていたことを聞き及び朝廷から勅命を受けこれを鎮めました。
 この功績により後小松天皇の勅願所となり大寂院の勅額を賜り、勅使門を建立しました。
その後、当時の烏山城主 那須資房が永正11(1514)年に下境五峰山から烏山泉溪寺町(中央1丁目)に移し、延宝3(1675)年に烏山藩主 板倉重種が烏山城の拡張した際に現在地に移されました。

また、市内の紅葉スポットにもなっており、秋になると立派なもみじと銀杏がとても綺麗に色づきます。

所在地 那須烏山市金井1-12-5
連絡先 0287-82-2876
駐車場 あり
御朱印 あり
備考 御朱印 300円
運勢 厄除け
地区 烏山地区
14
名称 一乗院
概要

一乗院

成田家が忍城から当地方に移封されたことに伴い、祈願所として建立された寺。

所在地 那須烏山市金井1-3-9
連絡先 0287-82-2039
駐車場
御朱印 なし
備考 駐車場 あり
運勢
地区 烏山地区
13
名称 宮原八幡宮
概要

宮原八幡宮 宮原八幡宮

 社伝によると延暦14(795)年坂上田村麻呂が東北遠征の勝利を祈願し、筑紫山に勧請されたのが始まりとされている。その後、明応2(1493)年、烏山城主那須資実が城域拡張を行う際、現在地に移転遷宮したと伝えられている。以後、歴代城主の崇敬と庇護を受け、たびたび修理が行われたことが現存する置札からわかります。

 宮原八幡宮は、延暦-えんりゃく-14年(795)坂上田村麻呂-さかのうえたむらまろ-が蝦夷討伐の勝利を祈願し、筑紫山に宇佐八幡宮を勧請したのが始まりとされ、明応-めいおう-2年(1493)那須資実-なすすけざね-が烏山城の拡張を行った際、現在の地に遷社されたといわれています。
天正-てんしょう-18年(1590)那須氏が改易され、その後、城主の交替が度々行われましたが、その間も各城主の崇敬と庇護は厚かったようで、修理や寄進が度々行われました。現存する棟札や多くの文化財がそのことを物語っています。

所在地 那須烏山市宮原578
連絡先 0287-82-2776
駐車場
御朱印 あり
備考 御朱印 500円
運勢
地区 境地区